愛とは何か。難しいテーマですね。
マザー・テレサの言葉で、「愛は近きより」という言葉がある。

私は、親切にしすぎて間違いを犯すことの方が、親切と無関係に奇跡を行うことより、好きです。
祈るために、仕事を中断する必要はないのです。
仕事を祈りであるかのようにし続ければよいのです。
自分のことへの思い煩いでいっぱいだと、他人のことを考えるひまがなくなってしまいます。
一緒に働いている人たちにいつも言っていること。
「余った物、残り物は要りません。私たちが仕えている貧しい人たちは、あなた方からの憐れみも、見下すような態度も必要としていないのです。
彼らが必要としているのは、あなた方の愛と親切なのです。
今や、貧しい人々について語ることが一つの流行になっています。
しかし、残念なことに、貧しい人々と共に話すことを人はあまり好みません。
大切なことは、たくさんのことをなし遂げることでも、何もかもをすることでもありません。
大切なことは、いつでも何に対しても喜んでする気持ちがあるかどうかなのです。
私の考えは間違っているでしょうか?
いずれにせよ、もし過ちを犯すとしたら、
愛が原因で間違った方がいいと思っています。
世界の平和は、まず家庭の平和から始まります。
平和は、ほほえみから始まります。
一緒に住んでいたり、または血のつながった親族といった人たちにほほえみかけることは、
あまり親しくない人々に対してほほえみかけるよりむずかしい時があるものです。
「愛は近きより」ということを忘れないようにしましょう。

愛は近きより
愛の反対は憎しみではなく、無関心である。
いずれにせよ、もし過ちを犯すとしたら、
愛が原因で間違った方がいいと思っています。
私がお願いすること。飽くことなく与え続けてください。
しかし残り物を与えないでください。
喜びのときも悲しみのときも、成功したときも失敗したときも、
その人の愛があなたのかたわらにあるとわかる、それこそがほんとうの友情であるわけですね。
ですから、どんな状況にあっても変わらないのがほんとうの友情です。

どんな人にあってもまずその人のなかにある美しいものを見るようにしています。
この人のなかでいちばんすばらしいものはなんだろう、そこから始めようとしております。
そうしますと、かならず美しいところが見つかって、
そうすると私はその人を愛することができるようになって、それが愛のはじまりとなります。

まことの愛というものは、私たちが、分かちあうことを自分で会得したとき、はじめてもたらされるものなのです。

愛は家庭で始まります。
自分自身の家庭に愛が持てなければ、
外の人びとを愛することはできません。

マザー・テレサ『生命あるすべてのものに』

「愛とは現実を受け入れること」とHikkiはツイートしていたけど、
少しずつその現実を受け入れられるといいね。

大人になっても自分が親になっても、親の前では子供なんだよね。
愛されたいと思う気持ちはいくつになっても消えないと思う。

『まことの愛というものは、私たちが、分かちあうことを自分で会得したとき』というマザー・テレサの言葉。
分かち合うこと。
気持ちを分かち合う。
少しずつ分かち合い、理解しあえるようになるといいね・・・。

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“愛” への3件の返信

  1. まいど

    風邪、早く治るといいね

  2. まいど

    ライブのチケット結果報告が
    2ちゃんねるでいっぱい上がっている
    ゆりさんはどうでした?

    ワタシはお仕事なので・・・・・
    がんばります(笑)

  3. →らぱぱさん
    私は8日は映画館で。
    9日は横アリで観ました。
    とても感動しました^^

    らぱぱさんはお仕事だったんですね。
    平日の19時では仕事って人も多いですよね。。。

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